うまんちゅ畑

本業の紅型のお仕事

本業の紅型のお仕事が入りました。願っていたみんなで一つの作品を制作!(詳細はしばらくお待ちください。)

琉球藍の植え付け・3月~夏には暑くて出来ない土づくりを終わらせ、綿・苧麻・うつまみ・とうもろこし・すいかなどなど春撒きをします。今までのことを思えばあと少しです。

ワクワクちばらな!

植え付けと種蒔き

おともだちから頂いた、固定種の生姜・生姜の種を植えつかました。

固定種の生姜と生姜

 

いろいろな種たち

新たに、土おこし

マメ科は、牛糞肥料はいらないので、刈り取って準備してきたススキ・ウージー・月桃・藁の肥料を混ぜながら土をおこします。

牛糞肥料無しの土

第二の琉球藍の土

土おこしも大分慣れてきて、早く耕せるようになったなぁ~、4回目。

第二の琉球藍の土

うまんちゅ畑

ベチパひとまず50株

農業委員会さんに、赤土流出防止に「ベチパ」のお願いをしていて、きょう畑で待ち合わせ。相談と打ち合わせをして、ひとまず50株持って来ているそうで目印も兼ね植えていただけました。

次回からは、畑を囲むよう全て「ベチパと千年木」も植えていたでけるそうで、ありがたいかぎりです。3月迄の事業だそうです。

ベチパ
ベチパ

第一琉球藍の土が

土お越しを5~6回スコップと三つ又でして来て仕上がり寝かしていたので、植え付けの準備の土お越しをしてショック!雨が少し続きいい塩梅とわくわくしながらスコップを入れるといい塩梅だった土が「粘土土に戻っている!」

第一の粘土に戻った琉球藍の土

もう一度スコップと三つ又で、土お越し。もうこれで最後にし、第二の琉球藍の土の耕す場所を違う環境の所にもつくり、両方に半分ずつ植え付けをし、どちらか藍に選んでもらうことにしました。

ここは、4回目ですが和綿・洋綿・苧麻・うつまみ当たり用に土おこしをしていた所でした。

最近、土おこしをすると、ハトが寄ってきて楽しくいます。

第二の琉球藍の土おこし

うまんちゅ畑

第一藍土づくり完成

ここ1ヵ月程雨模様で、潤いの大地。きょうは曇り!終わらせたい。

半年かけ準備したきた藍の土の仕上げを終えられました。やったー!

試しに、自給自足作物を植え収穫ができ始めるなかで、ここの土の特徴を少しずつ分かってきました。試行錯誤しながら、琉球藍に適した土づくりの仕上がりです。3月に植え付けの予定です。

場所のちがう所に、第二藍土づくりを始めます。土の状態や水はけや太陽の当たり具合や風の流れ諸々を試行錯誤です。

中玉とまと15個程収穫
玉ねぎ
にんにく
にんじん
二度目のじゃがいも
うつまみ
第一藍の土完成
田んぼのカエルやミミズが寄って来始めています

うちなーシードバンク

うまんちゅ畑にとうもろこし種求め

シードバンクとは、簡単に私の認識ではありますが、固定種や交配していない種(農薬を使っていないで育てた種)を欲しい種と育てた種を交換したり貰ったり提供したりし、安全な素朴な種で作物を育て、その種を守る、種の銀行と思っています。

安心とうもろこしを食べたいだけ食べたくて、お友達に聞いていた、ふと導かれ塩屋を訪ねてきました。心地のいい山も内湾もある集落でした。

「種ありますか?」

大川に有るよーで、とうもろこしは種まきの時期ではなく、2月に「種相談会」があると分かりました。山の卵とパパヤーがあったのでいただきました。

アシュラム1927年開

やりたいが繋がってつながって凄いことになっています。

トゥルシ・メハール氏(1978年亡き)が若い時に、マハトマ・ガンディー(1948年亡き)と出会ったそうです。

ネパールの独裁者ラナ家(1950年倒れる)の専制政治下にあり、権力や因習と闘い続けるトゥルシ・メハール氏を永久追放(1920年)の処分を受け、インドに行きガンディーと出会い共鳴し、糸紡ぎと手織りを学び専門家となったそうです。

ガンディー氏の口添えを得て(1923年)ネパールに帰国。糸紡ぎと織の小さな工房を始めたそうです。しかし、ネパールの独裁者ラナ家(1950年倒れる)まで苦難の時代は続いたそうです。

糸紡ぎと織の小さな工房からスタートし、アシュラムを開き、1984年、トゥルシ・メハール氏の志を継ぐ人々により、マーケティングNGO「マハグティ」が創立されたそうです。

ネパリ・バザーロさんから当時、「特集ー夢の実現ー」受け継がれる希望。より、抜粋させていただきました。

*アシュラムとは、道場・修業の場のこともアシュラムといわれる。マハグティのアシュラムは行き場のない女性たちのシエルター。そこで生活しながら技術を習得する。

モバイル・チャルカが手元に

ネパリ・バザーロさんから当時の、「特集ー夢の実現ー」受け継がれる希望。のコピーを頂きました。モバイル・チャルカの資料もいただきました。

「特集ー夢の実現ー」受け継がれる希望。文をお書きになった、土屋春代さんと昨年10月「愛楽園」2度目のご一緒が叶いました。その時、道具が高価なので、手作りできる方法を教わっていたり工夫してりしているお話を覚えていてくださり、支援に行ったとき購入した「モバイルチャルカ」が有るはず。

探していただけ、昨年末12月はネパリさんと2度もお会いでき、春代さんから早苗さんから今は私の手元に静かにしっとりとさりげなく素晴らしい「モバイル・チャルカ」がいます。

マハトマ・ガンディー氏とトゥルシ・メハール氏とネパリ・バザーロさんの活動とネパールのアシュラムと繋がりました。

伊江村に沖縄のガンディーとも言われている「阿波根昌鴻」さんの、わびあいの里に昨年末春代さんと一泊できたことも、謝花さんとの再会も叶い繋がってしまいました。(藍床の管理が今は一泊なら可能でもありました)

衰退している和綿と茶綿・苧麻を栽培したり収穫や増やしたりして、糸を紡ぎ織って布にしたり染めたりして、身を守もるまとい服やどぅじんを作りたい。

さおり織の達人お二人が藍染め初めのとき「モバイルチャルカ」をひも解いてくれました。CRC付ければ動くんでは? おっしゃる通りでした。現在はメンテナンスを少しずづ続け、まずは糸を紡ぎの練習をしたいのですが、太い方の紐が切れてしまったので直さないとです。

それから、実際に先ずは今ある綿の糸つむぎができるのか?紡いだ糸が回せるのか?かせもできるのかを確認していきます。初めは綿より羊毛での方がやりやすいので練習するのもいいのではと、アドバイスもいただきました。

願いは諦めなければ叶う!が沢山のかたがたのおかげで、現実的になっています。感謝。

 

ネパリ・バザーロさんの特集両面刷りで3枚のコピーをいただきました。
道具ボックスの細い糸は何の部品なのだろうか?小さな丸い板とピッタリで、解決!糸をよっています。
糸をよっています
よった糸を巻いています
パーツを外しましたが中々動かず壊しそうで怖かったです。かせを巻く部品の重ね方もわかりました。
糸紡ぎするには、ここのバネとスライドさせ、太い方の紐を丸い大小の板にかけ板が回り糸紡ぎ・せができる構造なのでは?。そのバネとスライドが動かなかったのですが、メンテナンスでスライドするようになりました。